一級建築士資格独学散歩道

一級建築士資格取得までの道のりを散文的に綴ります。

14.資格学校に通うことの優位性と経済的問題

 昨年は日建学院の営業から勧誘を受けた。そして、今年は総合資格学院の営業から勧誘を受けた。もちろん、どちらに対してもやんわりと「私はオカネがないので独学でやってみようと・・・」と断った。しかし、今回はいろいろ情報を仕入れるために、総合資格学院の営業に会って話を聞くことにした。

 そこは、会社近くの喫茶店であった。時間通りに喫茶店に入ると、既に営業の人は待っていた。メガネをかけた理知的で色白の中年である。即座に「白子さん」とあだ名をつけた。もちろん口には出さない。

 
 まずは雑談からである。「お勤めは?」などと聞かれてヘラヘラと答えているうちに、名刺を渡してしまった。あとで会社に電話がかかってくるのではないか気に病んだが、そいうことは特に無さそうである。
 白子さんは最初しきりと総合資格学院の優位性を説明していた。
「これを見てください。一級建築士の受験者が獲得した点数をグラフにしたものです。この色は科目の足切りになったため合格できなかった人。総合点が合格点でも、結構な人が足切りに合っているのです。まあ、パピガニさんの場合は全般的に点数がとれているので、問題ないようですが」
 案の定、白子さんは口調がやんわりしているし理知的な話し方である。なかなか説明がうまい。
「一級建築士試験の場合、毎年合格基準点が変わるのですが、なぜだかわかりますか。つまり、合格者は上位15%程度にしており、それにより基準点が変動するのです。うちの生徒の平均点はここです。わが校では独自の分析を行なって、過去問にはない問題に取り組んでいます。もちろん、法改正のあった部分については充分に取り組みます。毎年2割から3割は新たな設問ですから、過去問だけやっていたのでは合格点ギリギリの点数しか取れませんよ。だから、うちの生徒はこれだけ平均点が高いし、合格者も多いわけです」
だんだんと説明に熱が入ってきたようだった。白子さんの顔つきが赤みがかったような気がする。
「パピガニさんに知っていただきたいのは、私たちの学生が高い点数をとれば、それだけ、パピガニさんが不利になるなる、という事です」

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 見せてもらったグラフには、受験者全体の点数分布と、総合資格学院の受験者の点数分布が重ねられており、総合資格学院の生徒の多くが合格圏内側に寄っていることがわかる。
 このグラフからわかることは2つだ。つまり、多くの一級建築士受験者は独学ではなく、日建学院か総合資格学院などの資格学校に入校して受験しているという事だ。そして、独学者はそれなりに不利であり、学習の質が制限されるため学習量で対抗する必要があるということである。
「パピガニさんにプランを用意しました。このくらいの金額を出していただければ、独学を支援するために、通常入校者のみに配布する教材をお渡しします。ただし、学科に合格した場合は、製図のコースに入校して頂きます」
 確かに、学科コース費用の10%程度の値段は魅力的であった。総合資格学院としても校舎を使わせるわけではないのでコストは教材代だけである。
 しかし、製図コースも相当な金額である。これだけあれば家族4人で海外旅行ができそうだ。製図コースの割引はないのかと聞くと、それは正規の値段になるという。そんな出費を今から約束するわけにはいかないのだ。
「子供たちの受験で、今はとにかくオカネがないので、やはり難しいですね」
「パピガニさん。先ほど見ていただいたグラフでわかるとおり、パピガニさんの敵はわが校の生徒であると思ってください。私たちの授業を受ければそれだけ高得点で合格できるのです。パピガニさんはそれに対抗しなければならないのですよ」
 やんわりと脅された形になったのだが、こちらも無い袖は振れないのである。独学者が有利なのは、時間を自分でコントロールできることと、自分にあった学習の進め方ができることである。幸い私には時間という資源がある。毎日会社帰りに2.5時間の学習時間を取れるというのは、それなりに有利なのだ。この点は白子さんも認めていた。
「いや、わかりました。しかし、学科は独学でも製図はなかなかそうはいきませんよ。」
と、白子さんは少し引き下がったように言った。そこで、質問をしてみた。
「そういえば、製図課題が決まると課題の予想問題のような対策本が出ますよね。ああいうのはどのくらい予測が当たるもんなんですか?」
「だいたいはずれます」
「えっ?」
「ほぼはずれますね。そもそも予測課題を出版したあとに問題作成者が課題を作成するので・・・。私どもと日建学院さんの予測課題は必ず外れます。というより、出題者が予測課題にない設定を入れようとするので・・・7月下旬にセンターが発表するのは設計テーマだけで、私どもはそのテーマに沿って課題の内容を想定するわけです。これは大体8月中に出版するのですが、出題者側はそれを参考にして課題を作成しているようなんです」
 言われてみれば確かにその通りである。むしろ、もしどちらかの予測課題とそっくりの課題が本試験で出てきたらそれこそ大ごとになるだろう。出題者と資格学校との癒着が確実に疑われることになる。
「なるほど・・・」
私はウラ事情を知って妙に納得したような気になってしまった。私は自分がやっている製図学習がはたして有効なのかを確認するため、再び白子さんに聴いてみた。
「まあ、学科に受かる前に気に病むことではないかもしれませんね。製図の方は私も模試を受けようと思ってます。今はエスキースの練習を製図のウラ指導という本で練習しているんです。あの本はなかなかいいですよ。今の目標はトレースを4時間くらいで終わらせることなんですが」
 実際私は「ウラ指導」製図参考書を読んで、だいぶん製図の要領を掴めたと思っていた。白子さんはさすが営業である。決して「製図のウラ指導」をけなすことはない。
「3時間くらいじゃないと難しいと思いますよ。記述する部分がありますから、記述とトレースの合計で4時間見ておかないと」
「はあ、3時間ですか・・・」
「私どもの指導では最初に記述を埋めさせるようにしています。要するに最初に設計コンセプトを決めて、そのコンセプトに沿って設計しないと、プラン上に抜けが出たり不整合があったりするんです。後からプランを治すのは至難の業ですからね」
 なるほど、これもごもっともである。いちいちごもっともなことが多い。平成21年から製図試験の方針に変更があり、パズル的に設計する設問から、設計に対する考え方を問われる試験になったと言われている。これにより、現行の製図試験では、導線や景観に対する配慮、構造上の工夫や、設備や省エネに対する対策をA4の用紙に記述しなければならない。つまり設計条件をクリアするだけではだめで、設計上に提案を盛り込まなければならないのだ。この記述に30分から1時間かかるというのは妥当な見積だろうし、エスキスの前に書き込むという手順も正しいやり方なのかもしれない。やはり製図試験は独学では難しいのだろうか。
 
 結局1時間半ほど話し込んで、どうにか学科の受講をあきらめてもらった。それにしても、営業活動は大変である。生徒になってくれそうな人物と直接会うことから始まるというのが、白子さんのような資格学校の営業の基本なのかもしれないが、おそらくほとんどの場合は時間外労働となるのだろう。営業というのは技術者以上に大変な職業であるのだ。しかし、そもそも誠実性が求められるのは営業も技術者も同じなのである。白子さんの対応は誠実そのものだったような気もする。