一級建築士を目指す人々は必ずと言っていいほど、ステッドラーの製図用ペンシルを持っていることが多い。そんな中、私は設計事務所時代から愛用していたぺんてるグラフ1000をいまだに使っている。なんと20年たってもほとんどデザインが変わらない、まさに完成された製図ペンといえる。
ところで、実際の設計製図と一級建築士試験の製図試験の際に必要なスキルはだいぶん違うようである。とにかく、製図試験の場合は線が薄いとお話にならないというのだ。そのため、シャープペンの芯はBか2Bが推奨される。とにかくそいういうことであるらしい。そこで、実際に2Bの芯を使って線を引いてみた。確かに筆圧が多少低くても濃い線が引けるのである。しかし、芯がよく折れる。特に柱型を描くときはてきめんである。線の濃さを維持するために筆圧を下げて2回なぞるようにする。そうすると今度は時間がかかって仕方がないのである。そんな困った受験生のことを考えてのことかもしれない。数年前からシャープペン業界には新しい潮流が見られるようになったのだ。))
むろん、ステッドラーやロットリングなどの製図用シャープペンとは違う世界の話である。これを高機能シャープペンシルというらしい。各社ともいろいろ開発しているようだが、私が試したのは、ゼブラの「デルガード」、ぺんてるの「オレンズ」、三菱UNIの「クルトガ」の三種類である。さて、最初に結論を申し上げてしまうのである。
- ライン引き→濃さ2B 0.5mmのデルガード
- 文字→濃さ2B 0.3mmのクルトガ
まだ3枚の図面しか描いていないのだが、おおむねこの組み合わせがベストなのだ。それぞれ適性の理由を述べてみたい。
〓 折れやすい芯2Bでも折れない「デルガード」
線を引くときはやはりペンを回しながら太さを調整するのである。製図においてこれは一般的な方法であり、そのため製図ペンにはグリップ部分に必ず滑り止めがついている。だがしかし、グリップに滑り止めがないとペンを回せないのかというと、そんなことはないのである。そんなことよりも、2Bの芯を使うことによる折れやすさを何とか防ぐほうが重要なのだ。特にペンを斜めに寝かせて線を引くのであるからなおさらだ。しかもテンプレートを使うときには横から芯に衝撃がかかるため、かなりの確率で芯が折れる。あまりこれを繰り返しすぎると、やがて心が折れてしまいそうになるのである。
ところが、である。デルガードを使うと驚くほど芯が折れない。芯を1.5mm程出して、45度で筆圧をかけても折れないのである。これはすごい、実際やってみると驚くと思う。ただし、難点はペン先形状にある。製図用ペンのように細長い金属パイプではなく、円錐状のペン先になっているのだ。したがって、定規に対して密着した線を引くためにはペン先の角度分斜めに充てる必要がある。
普段から定規に充てるペン先のオフセットを調整している人はそれほど苦にならないと思う。
例えば、右図のように、定規に対してペンに角度をつけて線の位置を調整することができる。分厚い三角定規であれば、1㎜程度のオフセットをとることができるのである。階段の線など、等間隔の線を何本も引くときは、定規だけで間隔を定めることが難しいので、私はよくこのオフセット描法を使う。
また、テンプレートを使うときは、逆にペン先を描画部分の内側から外側に傾けて、テンプレート形状に芯先を密着させる必要がある。しかし、これも少し芯先を長めに出すことで解決できると思う。3.5㎜の四角形を描くときなど、形状が小さく描かれるのではないかと不安であったが、さほど大きさは変わらないようである。これはテンプレート側にテーパーがついているためでもあるらしい。
とにかく、多少芯の位置に気を使う必要がある。しかし、芯が折れることに気を遣うよりはよほど作業を早く進めることができるのである。製図ペンに特段のこだわりを持つ人は別かもしれないが、そうでない人は一度試しにデルガードを使ってみるべきだと思う。
〓 細い文字をきれいに書ける「クルトガ」
建築関係を職業とする人にはテンプレートで書いたような文字を書く人が結構いる。達筆というのではない。とにかく文字がテンプレートで書いたように読みやすいのである。小生も、ぜひとも製図文字を書きたいと日ごろから思っているのだが、これがなかなか難しい。どうしても、文字のサイズがバラバラになってしまうのだ。
「弘法筆を選ばず」などと言っている場合ではない。そこで、まさに弘法筆を選ぶのである。その筆というのが「クルトガ」なのであった。書き味は正直悪い。ペン先を紙に置くたびに、芯先を回す機構がカクリと動いてわずかに沈み込むのだ。そしてペンを上げると同時に芯が少し回転する。芯がクルりと回ってトガる。私は、製図で線を引くときに自動的に芯のみが回転してくれる、つまり、いちいちペンを回さなくてもよくなるのかも知れないと期待したのだがそうではない。紙にペンを置いた時のみペン先が40分の1回転するのである。
最近の製図試験では、図面だけではなく別紙への論旨記述が多くなった。この、答案用紙に記入する文字の良し悪しは結構点数に響くと思われる。最近の飲食店では接客の良しあしが料理の評価にも影響するのである。よしんば筆記試験においては美しい文字でなくとも、せめて読みやすい文字である必要はある。その意味でも、このクルトガは受験生の武器となるのである。ちなみに、こちらは文字書き専用なのである。太い線を描くことはないので0.3㎜をおすすめする。さらに、最近発売された「クルトガ・アドバンス」は芯の回転速度が従来製品の2倍であるらしい。つまり倍速モードである。ただし、残念ながら文字を書く速度が2倍になるわけではないようだ。
〓 定規で線を引くことを困難にする「オレンズ」
私が愛用している製図ペンを作っているメーカー「ぺんてる」の製品である。こちらは実に単純な方法で芯が折れない機構を構築している。芯を覆うペン先のパイプが可動なのだ。つねに、芯の先端はパイプに守られている。だから芯は折れないということである。この機構は大昔にもどこかのメーカーが採用したことがあったような気がする。しかし、その当時のペン先は滑りが悪いため、非常に書き味が悪かった。だから売れなかったのではなかったか。おそらく、オレンズはこの機構に改良を加えたのではないかと思う。
しかし、残念ながらオレンズのこの芯先パイプスライド機構は製図ペンには全く向かないのであった。何しろ芯先を定規に充てた時点でパイプが剥けてしまうのだ。定規の厚みの分だけ芯先が飛び出した状態になる。これはもともと想定していた障害なのであるが、実際にやってみるとあっさりと芯が折れてしまう。しかも、製図用のシャープペンシルと比べてみると、明らかに芯先が短い。これでは厚めの三角定規に垂直に充ててると芯先が紙に届かなくなってしまうのである。よって、オレンズは製図用のペンとしては全く不適切であることが分かったのである。
今年の製図試験のお題は東京五輪にちなんだのか、スポーツ施設であるらしい。私はもし仮に今年の学科試験に受かっていたら、ダメもとで製図試験を受験する予定だ。とにかく製図は慣れである。おかげさまで、トレースだけなら何とか4時間で描けるようになった。芯が折れるという精神的負担んがなくなったからではない。それもあるかもしれないが、便器やドアなどをフリーハンドで描くようにしたせいもあると思う。製図を描くたびにいろいろ工夫をすることで、意外と時間を短縮できるものなのだ。今時ペンで製図をする人はほとんどいないと思うのだが、それでもこの作業短縮や試行錯誤は役に立つのではないだろうか。と、自分を慰めながら、道具を選ぶのもまた楽しいのである。